人は言う。
「家は資産だ。」
「持ち家こそ安心だ。」
「賃貸より所有。」
日本では根強い考えだ。
私も、その価値を否定するつもりはない。
だが、あえて問いたい。
住宅ローン付きの所有権は、
本当に“所有”なのか。
法学でも建築でも、
所有権は
排他的で、
絶対的な権利と習う。
強い権利。
それは建前としてそうだ。
だが現実はどうか。
私は少し違って見ている。
ここは重要だ。
住宅ローンで家を買う。
多くの場合、
抵当権が設定される。
つまり、
完全な意味で自由な所有ではない。
返済不能になれば、
抵当権は実行される。
競売。
所有権は移転する。
法的には間接的でも、
現実には
所有権は剥がされる。
私はこれを重く見る。
少し挑発的に言えば、
ローン返済中、
私たちは家を所有しているというより
銀行と共有している
とも言える。
極論に聞こえるかもしれない。
だが本質を含む。
抵当権は軽くない。
本当にそうだろうか。
負債付き所有は、
安心であると同時に
拘束でもある。
返済義務。
金利変動。
失職リスク。
人生は固定される。
安心と拘束は
同居する。
理由がある。
抵当権は、
所有権に対抗するほど強い。
強い権利だ。
ここを忘れると、
「買えば自分のもの」
という幻想になる。
私はそれを危ういと思う。
生活コストは増えた。
教育費。
通信費。
車。
保険。
物価。
所有を維持するコストは、
昔より軽くない。
その中で長期負債を持つ。
簡単ではない。
そうではない。
所有には意味がある。
資産形成。
安定。
自由な改修。
老後の備え。
価値はある。
だが、
「所有とは何か」
を誤解しないこと。
ここが重要だ。
私は時々思う。
ローン完済後、
抵当権が消えた時、
初めて
所有権は本来の姿に近づくのではないか。
それまでは、
どこか条件付きの所有。
そう見てもいい気がする。
私はそうは思わない。
債権としての賃借権には
強さもある。
動ける。
縛られにくい。
所有だけが強いわけではない。
ここは言っておきたい。
所有権とは、
美しい言葉だ。
だが、
抵当権が付いた瞬間、
その意味は単純ではなくなる。
私はそう考えている。
持ち家を否定したいのではない。
ただ、
「買えば安心」
という単純な神話には、
少し慎重でありたい。
問うべきは、
所有しているかではなく、
何に縛られているか。
かもしれない。
Ownership is powerful.
But debt changes ownership.
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