
二人で借りる安心は、時に二人で背負うリスクでもある。
住宅ローン相談で、夫婦合算は珍しくない。
むしろ増えている。
単独では届かない価格帯でも、
二人の収入を合わせれば届く。
希望が広がる。
物件選択肢も広がる。
合理性はある。
私はそれ自体を否定しない。
だが同時に、私は思う。
夫婦合算は、安心の仕組みであると同時に、レバレッジでもある。
ここは見落とされやすい。
重要だ。
住宅購入時、人は「今」の収入で考える。
これは自然だ。
だが住宅ローンは長い。
35年という時間は長い。
その間、人生は変わる。
ここを忘れてはいけない。
私は特に思う。
夫婦合算で怖いのは、
返済計画が二馬力を前提に固定化しやすいことだ。
ここだ。
もし働き方が変わったら。
もし配偶者が休職したら。
もし子どもが生まれたら。
もし奥様が育児で離職したら。
この問いは、軽く見てはいけない。
私はそう思う。
特に妊娠・出産。
これは現実としてありうる変化だ。
しかも尊い変化だ。
だが家計には影響する。
ここをローン設計に織り込まずに借りると危うい。
私は以前から、
夫婦合算は、片働きでも耐えられる水準で組めるなら強い
と思っている。
だが、二人働き続ける前提でしか成立しないなら、
慎重であるべきだ。
そう考える。
なぜなら、それは金融ではなく希望に依存している部分があるからだ。
希望は大切だ。
だが住宅ローンは希望だけでは返せない。
ここが現実。
また私は、夫婦合算は時に予算感覚を緩めるとも感じる。
二人で借りられる。
すると少し高い物件へ行きたくなる。
これはある。
人間心理として自然。
だが怖い。
借入余力が増えることと、
安全余力が増えることは違う。
前編で述べた通りだ。
私はそこを分けて見たい。
また、人生は常に順調とは限らない。
夫婦という共同体にも変化はある。
ここは書きにくいが、現実としてある。
だからこそ、住宅ローンを二人の善意だけで設計しない。
制度として設計する。
私はそう考える。
私は購入者に時に問いたい。
もし明日、収入が一馬力になっても持てるか。
この問いに「はい」と言えないなら、
借入額は再考余地がある。
私はそう思う。
夫婦合算は悪ではない。
合理もある。
だが万能ではない。
ここを誤解してはいけない。
むしろ、使い方次第だ。
強い道具にもなるし、
過剰レバレッジにもなる。
金融とはそういうものだ。
私は住宅ローンを、楽観で組むものではなく、
変化に耐える形で組むものだと思っている。
夫婦合算ほど、その思想が問われるものはない。
そしてこの編で言いたいことは、一つ。
二人で借りられることより、
一人になっても守れるかを考えてほしい。
そこに、本当の安全があるのだと思っている。